斃れて後已む〜努力の男・宮入唯〜 by 福島祥雅 (2005/05/23)

試合前に緊張する宮入唯。
泣いているわけではない。
 宮入(みやいり)唯(ゆい)。3年生。あまり彼を知らない人からするとつまらない 奴だが深く付き合ってみると非常に面白い男である。漫画は読ま ない。ドラマは見ない。菓子は食べない等々。まだ入部して間も ない新入生は彼を「修行僧のようだ」と形容する。 半分合っていて、半分間違っている。よくよく話すとお笑いを 良く見る。プロレスの話で盛り上がる。誰も知らないようなイン ディーのバンドを知っている。慣れない相手には「修行僧」の一 面しか見せないが、心を開くといろいろな引き出しを見せる。
 宮入唯は休まない。ただの一度も休まない。中3の夏、中学から高校テニス部に移ってから、 4年目。一度も朝練に出なかったことはない。夏でも朝練中は長袖・長ズボンで耐える。宮入唯は努力の男。決してセンスがある選手ではない。しかし、努力という才能では誰にも負けない。中1の頃、初めて外周を走らせたときに彼は一周を走りきれずに泣いていた。今ではマラソン大会で5位の男。中1の夏合宿で初めて試合をしたときに悔しさを覚えた。ひたすら昼休みに壁打ちを続けた。今では部内で5位の男。シングルス2人・ダブルス1組に続く補欠として団体戦を戦う。
 チームメイトたちは宮入唯を慕う。誰もが彼の努力を認める。常にテニスコートにいる存在。いることが当たり前すぎて注目はされないがなくてはならない空気のような存在。
 宮入唯は団体戦を戦う。試合をすることはできないが、全力で応援し、全力で審判をし、全力で選手を励ます。そして選手たちは補欠に宮入唯がいるからこそ心置きなく全力で戦える。レギュラー5人の中に宮入唯がいるからこそチームがまとまり、最高の信頼が生まれる。
 宮入唯は戦った。試合をせずとも本気で戦った。しかしチームは負けてしまった。泣きじゃくる選手たちの方をたたき、そっと励ました。
 宮入唯は泣いた。トイレで泣いた。一人で泣いた。選手たちに責任を感じさせないように。そして僕に言った。「テニス部に入ってみんなに会えて、一緒に戦えて本当によかった。もっと、もっと強くなりたかった。」
 ほかの選手たちは宮入唯がトイレにいることを知っている。そして帰ってくるのを待った。宮入唯が帰ってきたとき、チームは抱き合った。
 主役にはなれなかったがチームの大黒柱になった男、宮入唯。彼がいてくれて本当によかった。